標題のDVDを会社帰りに買ってまいりました.
ほんとは映画館で見ようと思っていたんだけど,見られなくて.
「男たちの大和」もいい映画だったけれど,これもいい映画でした.
石原慎太郎氏だから,いわゆる戦争映画になるかな,と思っていたが,そう思った俺が浅はかでした.
舞台は知覧.
かつて陸軍航空隊の出撃基地のあったところ.
俺もかれこれ10年前に,この映画に出てきた富屋食堂(元富屋旅館)にいきました.
だから,単なる映画という感じで見られず...
10年前,アルバイトで稼いだ金で知覧へ一人行き,特攻記念館へ行き,ぼろぼろ涙流して泣いたことを思い出しました.
今回の映画でも,つい涙が出てしようがない.
最後のシーンで「海ゆかば」が流れたときにはもう,すみません,年ですね.泣けて泣けて.
10年前記念館で,隊員の方々の遺書などを見て涙したのは,それこそ,その当時16,7だった俺と同じ年くらいの人が出撃された,ということを特に意識されたこともあった.
今は,俺より若くして散華された方々ばかりなのだ,と思うと,俺は何をやっているんだろう,と思うし,この人たちには絶対に敵わないと思う.
ごたごたと言を弄すまい.
よい映画でした.
まだ今にも泣けてきそうでしようがありません.
俺は俺のなすべきをなす.
それが正しいとか間違っているとか,あるでしょう.
だけど,俺は俺の為すべきを為す.
それが本日の感想です.
2007年10月27日土曜日
2007年10月22日月曜日
所感
●祭り---本宮
昨日は一日祭りに借り出されておりました.
俺もたいがい力のないほうだが(親父には鉛筆より重いものをもったことがないとか,キーボードしか叩いたことがないとかいろいろの形容をつけられて証されておるとおりです),今年の担ぎ手には俺なんかがおっさんに入るくらい,若い大学生連中がいたのだが,呆れちゃいました.
ものの数十メートルかついだだけで,「痛い」だの,「もうだめ」だの,何言ってやがる.
俺だって痛いわい(笑).
まして,こりにこった肩を数十キロ分の重みがたかが5センチ四方程度の面積に全部かかるんだから,その痛みたるや.
お前ら日本男児だろうが.
気合いれろや,と(笑).
気付いたら,俺が若手リーダー格になってました.
もちろん,祭り好きな奴らがいるからそれは別として.
特に気持ちのいい奴がいて,俺がちょっとしんどくなって,声が出なくなっていたら,「気合いれましょーよー」と俺の方を振り向いて言ってくれる,そんな名も知らぬ若人が.
俺もそうなりゃ,頑張らにゃ,と,お神酒を大概飲んで,ふらつきつつも,せーのっ!と声をかけてやると,へなってた若いのがここぞと頑張ってくれる.やっぱり,そういうのって嬉しいし,なにより,俺もやる気が出るから楽しいねえ.
そんなこんなで,本日複雑骨折並に全身筋肉痛ですが,やはり参加した甲斐がありました.
それは,俺が若手を引っ張る年齢なのだから,頑張ったという清清しさと,代々氏子を務める家の長男として,親父が仕事でいないながらも,なんとか卒なく終わらせることができたことのやりがいと.もちろん,後者については,やはり,親父がいなければ,いくら俺が頑張ったってしまらないから,それはしようがなかったのだけれど.やれるだけ頑張りました.村の人にもずいぶん可愛がってもらい(特に,女性陣に(苦笑).誰が言ったか忘れたが,俺はマダムキラーだそうです(笑)),これから,でしゃばらず,引っ込みすぎず,この小さな祭りを支えていける人間でありたいです.つまらないことかもしれない.金にもならないかもしれない.しかし,うちはこうした活動を通してずっと続いてきたのだから.
絶やすのは簡単.いつでもできる.時世に迎合して,簡素化だとか,なんだとかすることだって簡単.
今の形をできる限りそのままで残す努力をやれるだけやってだめなら,そのときはそのときの事情に合わせてやっていけばいい.
しかし,今回の若い連中を見ていたら(若い連中も俺と同じく村の代々続く家の息子どもである),大丈夫,やっていけるの気持ちを持てた.
俺もやれるだけやってやろうと思う.
それが仮に日本全体,世界全体で見たら,どうでもよいことであっても.
俺にとっては,それが始まりであり,それが同時に終りだから.
●源氏鶏太
前にも英国時代,何度か源氏鶏太には言及した.
今日は,休みをもらって一日休日だったのだが,所用で梅田へ出てその帰りにそのまま帰るのもなんだったから,Loftへ寄って,カフスを分けて収納できる箱を買ってきて,古本屋街をふらりふらりと物色.
もう,ほんとに,幸せ(笑).
これだけゆっくり古本屋をはしごしたのどれくらいぶりだろう.
ああ,こいつはあれを書いてるやつだから,どうだとか,数時間かけていろいろと見て回りました.
ほんと,幸せ(笑).
ま,結局買って帰ってきたのは,海軍関連2冊,古典関連5冊,源氏鶏太4冊,以上.
ああ,素敵(笑).
特に源氏鶏太の本を見つけられたのは,嬉しかった.
サラリーマンものなのだが,上がどうだとか,同僚がどうだとか,という現実の競争社会のことではなく,ほのぼのした,働く人間の実像が描かれている点で,特にサラリーマンとしてもうすぐ半年働いたことになるが,そんな中で心の糧として読みたかった著作であったから.
まあ,俺が普段心の糧として読む本は基本的に大東亜戦争はじめ,日本が明治以降経験してきた戦争で活躍した有名無名とわず,戦士達の物語である.これはこれで本当に読むと気合が入る.靖国神社で発行している「英霊の言乃葉」も現段階まで全巻そろえ,休みの日などに読んでは,俺の恨み言など,命をかけていない点においてまず劣っていると,気を引き締めなおす次第である.
まあ,それは措こう.
源氏鶏太である(源氏鶏太については,過去のブログ「此処は御国を離れて三千里」2006年7月18日及び8月23日を参照のこと).
今日,早速帰ってきたから,晩飯をはさんだ数時間で一冊短編を読み終えたのだが,思うこと数点.ひとつは,やはり,気持ちのいい小説だな,と.文学文学しておらず,気安く読め,気持ちよく読了できる.これは,ほんと,娯楽としてほんとうによい小説だと思う.
もう1つ.それは最近の俺の行動を振り返っても思うのだが,俺の行動規範というのは,源氏鶏太の影響があったとは言わないが,価値観というか,そういったものを含め,こうした時代の人のそれをそのまま実践しているごとくに思われる,ということである.
前者についてはもう過去に語ったとおりだから,それとして,後者についてである.俺は飲み屋のおねえさんがたに,源氏氏の書く如くもてるわけでもないし,似るところなどないのだが,行動規範における選択や振る舞いがそっくりであることに思い至った.具体的にどこが,などというと列挙するのが困難であるが,雰囲気というか,そういうのを含め自分に良く似ているなあ,と思うことしばし.それが勘違いであろうがなかろうが,どうでもよい.ともかくそう感じた.それゆえに,源氏氏の小説に,古い小説に,いまだ俺のごときが感ずるところあるのだろう.
閑話休題...というか,関連するけれど,小説の感想とは別なので.
会社へ入っていくらかたつけど,うちの会社とかそういう特定の会社じゃなく,経済界全体のことにもなるといえば,大きすぎるか.ま,いずれにせよ,日本人が勤勉なのはわかる.しかし,井上成美大将の言った言葉じゃないが,「きつねのごとく目をつりあげ」て仕事してる連中多すぎじゃねえかなあ,と.
斯く言えば,「これは仕事だ.遊びじゃないんだ」という人もあるだろう.それはそれでよい.
しかし,俺は敢えて非難轟々,社会不適格者の烙印を押されることも覚悟で言う.
仕事が人生そのものってつまらないよね.
あ,俺やっぱり殺される?---ま,ほんとに狐の目をしている人なんかには,一笑に伏され相手にもされぬであろうことはわかって書いていますが(笑).
ま,上の言葉は誤解されることを前提に書いていますから.そのまま誤解した方は,一度鏡見たほうがいいんじゃない,って思いますが...ま,挑発してるわけでもなく.
なんというか,人の和ということもなく,なんか,殺伐としてるよなあ,って.ビジネスで蹴落としあうなんてのは,そんなの当たり前で,そういうビジネスの前提はそれとして,その上で上の一語を敢えて書きました.
俺が思うのは,ビジネスの世界で真剣勝負するというのはわかる.やるときゃやる.討ち死に覚悟でやる.それでいいじゃない.
なんにも,いつもそんな常に戦場にあるがごとしなんて,つまらないじゃない.
ま,俺のこんな言葉なんて,若いアマちゃんの言葉として受け取られるでしょう.そしてその通りでしょう.彼らは云うでしょう.常に戦場にあるようにしていなければ,仕事なんてうまくいかない,と.それもその通りなのかもしれません.それでいいと思います.
しかし,俺はせっかく,授かった一生.
長いか短いかは知らんが,仕事という生きていく糧のために24時間いつも狐の目をして張り合うつもりはない.仕事は仕事.大切なものは大切なもの.
休みの日になって,職場に行っていないからといって,うろたえるような人間でありたくない.
なぜなら,俺は俺なのであり,その俺が最も大切とするものにしっかり時間を割きたいから.
...なーんて格好いいこと書きましたが,今日一日,携帯が気になってしようがなかったです(苦笑).そんな自分に嫌気がさしたから,書いた駄文です.
狐の目をしてる方々には腹立たしい文言もあったかもしれません.しかし,かりに俺が間違っていても,仮に彼らが正しくとも,会社は決して俺の人生に責任を持ってなどくれないと諦念のごときものがあるがゆえに,斯くのごとく書きました.俺はいつでも切らば切れ,の人間だから.アマちゃんと言われようと構いません.ただ,与えられた仕事,責任をもつべき仕事のその責任を放棄するの意味とは違うということだけは了解頂きたい.
昨日は一日祭りに借り出されておりました.
俺もたいがい力のないほうだが(親父には鉛筆より重いものをもったことがないとか,キーボードしか叩いたことがないとかいろいろの形容をつけられて証されておるとおりです),今年の担ぎ手には俺なんかがおっさんに入るくらい,若い大学生連中がいたのだが,呆れちゃいました.
ものの数十メートルかついだだけで,「痛い」だの,「もうだめ」だの,何言ってやがる.
俺だって痛いわい(笑).
まして,こりにこった肩を数十キロ分の重みがたかが5センチ四方程度の面積に全部かかるんだから,その痛みたるや.
お前ら日本男児だろうが.
気合いれろや,と(笑).
気付いたら,俺が若手リーダー格になってました.
もちろん,祭り好きな奴らがいるからそれは別として.
特に気持ちのいい奴がいて,俺がちょっとしんどくなって,声が出なくなっていたら,「気合いれましょーよー」と俺の方を振り向いて言ってくれる,そんな名も知らぬ若人が.
俺もそうなりゃ,頑張らにゃ,と,お神酒を大概飲んで,ふらつきつつも,せーのっ!と声をかけてやると,へなってた若いのがここぞと頑張ってくれる.やっぱり,そういうのって嬉しいし,なにより,俺もやる気が出るから楽しいねえ.
そんなこんなで,本日複雑骨折並に全身筋肉痛ですが,やはり参加した甲斐がありました.
それは,俺が若手を引っ張る年齢なのだから,頑張ったという清清しさと,代々氏子を務める家の長男として,親父が仕事でいないながらも,なんとか卒なく終わらせることができたことのやりがいと.もちろん,後者については,やはり,親父がいなければ,いくら俺が頑張ったってしまらないから,それはしようがなかったのだけれど.やれるだけ頑張りました.村の人にもずいぶん可愛がってもらい(特に,女性陣に(苦笑).誰が言ったか忘れたが,俺はマダムキラーだそうです(笑)),これから,でしゃばらず,引っ込みすぎず,この小さな祭りを支えていける人間でありたいです.つまらないことかもしれない.金にもならないかもしれない.しかし,うちはこうした活動を通してずっと続いてきたのだから.
絶やすのは簡単.いつでもできる.時世に迎合して,簡素化だとか,なんだとかすることだって簡単.
今の形をできる限りそのままで残す努力をやれるだけやってだめなら,そのときはそのときの事情に合わせてやっていけばいい.
しかし,今回の若い連中を見ていたら(若い連中も俺と同じく村の代々続く家の息子どもである),大丈夫,やっていけるの気持ちを持てた.
俺もやれるだけやってやろうと思う.
それが仮に日本全体,世界全体で見たら,どうでもよいことであっても.
俺にとっては,それが始まりであり,それが同時に終りだから.
●源氏鶏太
前にも英国時代,何度か源氏鶏太には言及した.
今日は,休みをもらって一日休日だったのだが,所用で梅田へ出てその帰りにそのまま帰るのもなんだったから,Loftへ寄って,カフスを分けて収納できる箱を買ってきて,古本屋街をふらりふらりと物色.
もう,ほんとに,幸せ(笑).
これだけゆっくり古本屋をはしごしたのどれくらいぶりだろう.
ああ,こいつはあれを書いてるやつだから,どうだとか,数時間かけていろいろと見て回りました.
ほんと,幸せ(笑).
ま,結局買って帰ってきたのは,海軍関連2冊,古典関連5冊,源氏鶏太4冊,以上.
ああ,素敵(笑).
特に源氏鶏太の本を見つけられたのは,嬉しかった.
サラリーマンものなのだが,上がどうだとか,同僚がどうだとか,という現実の競争社会のことではなく,ほのぼのした,働く人間の実像が描かれている点で,特にサラリーマンとしてもうすぐ半年働いたことになるが,そんな中で心の糧として読みたかった著作であったから.
まあ,俺が普段心の糧として読む本は基本的に大東亜戦争はじめ,日本が明治以降経験してきた戦争で活躍した有名無名とわず,戦士達の物語である.これはこれで本当に読むと気合が入る.靖国神社で発行している「英霊の言乃葉」も現段階まで全巻そろえ,休みの日などに読んでは,俺の恨み言など,命をかけていない点においてまず劣っていると,気を引き締めなおす次第である.
まあ,それは措こう.
源氏鶏太である(源氏鶏太については,過去のブログ「此処は御国を離れて三千里」2006年7月18日及び8月23日を参照のこと).
今日,早速帰ってきたから,晩飯をはさんだ数時間で一冊短編を読み終えたのだが,思うこと数点.ひとつは,やはり,気持ちのいい小説だな,と.文学文学しておらず,気安く読め,気持ちよく読了できる.これは,ほんと,娯楽としてほんとうによい小説だと思う.
もう1つ.それは最近の俺の行動を振り返っても思うのだが,俺の行動規範というのは,源氏鶏太の影響があったとは言わないが,価値観というか,そういったものを含め,こうした時代の人のそれをそのまま実践しているごとくに思われる,ということである.
前者についてはもう過去に語ったとおりだから,それとして,後者についてである.俺は飲み屋のおねえさんがたに,源氏氏の書く如くもてるわけでもないし,似るところなどないのだが,行動規範における選択や振る舞いがそっくりであることに思い至った.具体的にどこが,などというと列挙するのが困難であるが,雰囲気というか,そういうのを含め自分に良く似ているなあ,と思うことしばし.それが勘違いであろうがなかろうが,どうでもよい.ともかくそう感じた.それゆえに,源氏氏の小説に,古い小説に,いまだ俺のごときが感ずるところあるのだろう.
閑話休題...というか,関連するけれど,小説の感想とは別なので.
会社へ入っていくらかたつけど,うちの会社とかそういう特定の会社じゃなく,経済界全体のことにもなるといえば,大きすぎるか.ま,いずれにせよ,日本人が勤勉なのはわかる.しかし,井上成美大将の言った言葉じゃないが,「きつねのごとく目をつりあげ」て仕事してる連中多すぎじゃねえかなあ,と.
斯く言えば,「これは仕事だ.遊びじゃないんだ」という人もあるだろう.それはそれでよい.
しかし,俺は敢えて非難轟々,社会不適格者の烙印を押されることも覚悟で言う.
仕事が人生そのものってつまらないよね.
あ,俺やっぱり殺される?---ま,ほんとに狐の目をしている人なんかには,一笑に伏され相手にもされぬであろうことはわかって書いていますが(笑).
ま,上の言葉は誤解されることを前提に書いていますから.そのまま誤解した方は,一度鏡見たほうがいいんじゃない,って思いますが...ま,挑発してるわけでもなく.
なんというか,人の和ということもなく,なんか,殺伐としてるよなあ,って.ビジネスで蹴落としあうなんてのは,そんなの当たり前で,そういうビジネスの前提はそれとして,その上で上の一語を敢えて書きました.
俺が思うのは,ビジネスの世界で真剣勝負するというのはわかる.やるときゃやる.討ち死に覚悟でやる.それでいいじゃない.
なんにも,いつもそんな常に戦場にあるがごとしなんて,つまらないじゃない.
ま,俺のこんな言葉なんて,若いアマちゃんの言葉として受け取られるでしょう.そしてその通りでしょう.彼らは云うでしょう.常に戦場にあるようにしていなければ,仕事なんてうまくいかない,と.それもその通りなのかもしれません.それでいいと思います.
しかし,俺はせっかく,授かった一生.
長いか短いかは知らんが,仕事という生きていく糧のために24時間いつも狐の目をして張り合うつもりはない.仕事は仕事.大切なものは大切なもの.
休みの日になって,職場に行っていないからといって,うろたえるような人間でありたくない.
なぜなら,俺は俺なのであり,その俺が最も大切とするものにしっかり時間を割きたいから.
...なーんて格好いいこと書きましたが,今日一日,携帯が気になってしようがなかったです(苦笑).そんな自分に嫌気がさしたから,書いた駄文です.
狐の目をしてる方々には腹立たしい文言もあったかもしれません.しかし,かりに俺が間違っていても,仮に彼らが正しくとも,会社は決して俺の人生に責任を持ってなどくれないと諦念のごときものがあるがゆえに,斯くのごとく書きました.俺はいつでも切らば切れ,の人間だから.アマちゃんと言われようと構いません.ただ,与えられた仕事,責任をもつべき仕事のその責任を放棄するの意味とは違うということだけは了解頂きたい.
2007年10月21日日曜日
宵宮
昨晩は祭りのいわば前夜祭.

この写真にあるのは額灯と呼ばれるもので,六カ村各村ごとにひとつずつ所有しているもので,宵宮と本宮の晩にそれを持って神社へと行く.
ちなみに,棒は竹で15mくらいあり,重さは4,50kgある.
それを本来は一人で持ち上げて,本殿の周りを一周せねばならない.
昔の人はやれたのよ.昔の人は.
俺も持て,といわれたけど,謹んでお断り申し上げ,若手数人でふらふら持って回っただけ.
(観衆の何もしらぬ連中が,「そんなに思いもんかねえ」なんて呑気に言ってるのを聴いて,張り倒してやろうかと思った.こっちは,倒して額をぶっ壊したりしたら,大変だ,と必死なのに(苦笑).持ってみりゃ,分かる.持ったことないからわからねえんだよ,くそー)
しかし,たまにはこういう雰囲気もいいねえ.
毎日が無機質な現代社会で,なんというか,ああ,やっぱり俺は農村の家の倅だな,と改めて思い至る.結局,生まれ持った感覚というのは,如何ともしがたく,この郷愁のごとき感情も生まれてこの方,祖父や祖母,曾祖母にいろいろと聞かされ育ったが故だろう.その善悪を問うのは馬鹿げていると思う.それが俺だから.
誰だったか,前に話をしていて,も一度人生をやり直せて,自分の好きな境遇に身をおけるとするならば,一旗あげてやりたいと思う,という考えを聞かされ,しかし,俺はたぶん,何も変わらない,同じ人生を送るだろうなあ,という気がした.
昨今では選べる人生というのが当たり前なのかもしれないが,生まれた時から本質的な選択肢を与えられ得ない立場で育ったせいか,根底には個人レベルでの選択など,お釈迦様の手の平でよちよち歩きするが如し,という感がある.
まあ,それでも,俺はこれまでやりたいことをやらせてきてもらった.それを許容してくれた両親はじめ皆に感謝する.
その俺にできることは,この家に生き,この家に死ぬことだけである.
そして,それが俺の最大にして唯一の人生である.
笑わば笑え.
誰が何を言おうと,それがこの時世にそぐわぬのだとしても,それが俺の人生である.
所詮,人はどのように生きようと,どんな褒章を受けようと,結局誰もが同じ終末を迎えるのである.
---死ぬまで生きる.ただ,それだけ.
本人がそれでよいと思うなら,それでよいと思う.
時世だとか,なんだとか,俺には関係がないというだけで,それが大事ならばそれをとればいいと思う.
どちらが正しいとかを論ずるのは滑稽ごとである.
俺は,やはり,百姓の倅として生き,祖父や祖母,曾祖母らが命がけで守ってきたこの土地に死す,それが俺に最も相応しいと思う.
...と,なんだか,本題とずれまくりましたが,やっぱり,祭りは大変でシンドいけど,楽しいもんです.

この写真にあるのは額灯と呼ばれるもので,六カ村各村ごとにひとつずつ所有しているもので,宵宮と本宮の晩にそれを持って神社へと行く.
ちなみに,棒は竹で15mくらいあり,重さは4,50kgある.
それを本来は一人で持ち上げて,本殿の周りを一周せねばならない.
昔の人はやれたのよ.昔の人は.
俺も持て,といわれたけど,謹んでお断り申し上げ,若手数人でふらふら持って回っただけ.
(観衆の何もしらぬ連中が,「そんなに思いもんかねえ」なんて呑気に言ってるのを聴いて,張り倒してやろうかと思った.こっちは,倒して額をぶっ壊したりしたら,大変だ,と必死なのに(苦笑).持ってみりゃ,分かる.持ったことないからわからねえんだよ,くそー)
しかし,たまにはこういう雰囲気もいいねえ.
毎日が無機質な現代社会で,なんというか,ああ,やっぱり俺は農村の家の倅だな,と改めて思い至る.結局,生まれ持った感覚というのは,如何ともしがたく,この郷愁のごとき感情も生まれてこの方,祖父や祖母,曾祖母にいろいろと聞かされ育ったが故だろう.その善悪を問うのは馬鹿げていると思う.それが俺だから.
誰だったか,前に話をしていて,も一度人生をやり直せて,自分の好きな境遇に身をおけるとするならば,一旗あげてやりたいと思う,という考えを聞かされ,しかし,俺はたぶん,何も変わらない,同じ人生を送るだろうなあ,という気がした.
昨今では選べる人生というのが当たり前なのかもしれないが,生まれた時から本質的な選択肢を与えられ得ない立場で育ったせいか,根底には個人レベルでの選択など,お釈迦様の手の平でよちよち歩きするが如し,という感がある.
まあ,それでも,俺はこれまでやりたいことをやらせてきてもらった.それを許容してくれた両親はじめ皆に感謝する.
その俺にできることは,この家に生き,この家に死ぬことだけである.
そして,それが俺の最大にして唯一の人生である.
笑わば笑え.
誰が何を言おうと,それがこの時世にそぐわぬのだとしても,それが俺の人生である.
所詮,人はどのように生きようと,どんな褒章を受けようと,結局誰もが同じ終末を迎えるのである.
---死ぬまで生きる.ただ,それだけ.
本人がそれでよいと思うなら,それでよいと思う.
時世だとか,なんだとか,俺には関係がないというだけで,それが大事ならばそれをとればいいと思う.
どちらが正しいとかを論ずるのは滑稽ごとである.
俺は,やはり,百姓の倅として生き,祖父や祖母,曾祖母らが命がけで守ってきたこの土地に死す,それが俺に最も相応しいと思う.
...と,なんだか,本題とずれまくりましたが,やっぱり,祭りは大変でシンドいけど,楽しいもんです.
2007年10月20日土曜日
荒木一家
木曜日,前の会社の後輩たちと地元の駅前で延々呑んで参りました.
荒木一家の宴会だったわけです.
辞めてもうすぐ半年になるというのに,時々こうして集まろうと誘ってくれる優しき後輩たちである.
俺は大して先輩らしいこともしてやらなかったのだが,こうして慕ってくれるというのは,本当にありがたい.
それにしても,今週はずっと寝不足だったから(平均3時間弱),2軒目に行ったところまで覚えているが,あとは,寝てたんだか,酔っ払って自我を喪失していたのか(苦笑),ほとんど覚えてないし(苦笑).とりあえず,タクシーに乗って帰ったのは覚えてる.今度どうだったのか聞いておこう(笑).
とりあえず,昨日は二日酔いとか云う前に酒が残っていてちょっとしんどかったなあ(笑).
荒木一家の宴会だったわけです.
辞めてもうすぐ半年になるというのに,時々こうして集まろうと誘ってくれる優しき後輩たちである.
俺は大して先輩らしいこともしてやらなかったのだが,こうして慕ってくれるというのは,本当にありがたい.
それにしても,今週はずっと寝不足だったから(平均3時間弱),2軒目に行ったところまで覚えているが,あとは,寝てたんだか,酔っ払って自我を喪失していたのか(苦笑),ほとんど覚えてないし(苦笑).とりあえず,タクシーに乗って帰ったのは覚えてる.今度どうだったのか聞いておこう(笑).
とりあえず,昨日は二日酔いとか云う前に酒が残っていてちょっとしんどかったなあ(笑).
2007年10月13日土曜日
プレジデント
題目の如くプレジデントという雑誌がある.
俺は意外とこの雑誌が好きで,何か読むものが手っ取り早く欲しいな,というときは,この雑誌を買う.
何を平社員ごときが,と言われるだろう.
それはそれでいい.
だが,意外とためになる話が書いてある.
要するに上が要求する社員とは何か,など,そういうことが普段ではわからない一種のホンネが分かるから.一種のホンネと書くのは,やはり人間ですから,それが理想ということであっても,現実は別にあるということなんだけれど.そりゃ俺だって社長になったことはないが,アルバイト君たちを使って切り盛りしていたころにしたって,現実と理想というところは感じましたから.ただ,大事なのは仕事をするのが楽しいと思ってもらうことだと思っていて,それを実践したら,うまくいったかなとは思います.
なんというか,仕事はそもそも,生きるために必要な義務なので,そういう大前提の義務の上に仕事の義務だとか,なんだとかというと,苦しくなる.まあ,ならない人もいるけれど,一般論から言えば,やっぱり,仕事は最低限で済ませたいのが人情,特にワーククラスなら当然.
だから,少なくとも自分より下に立つ人には,それくらいの前提でやってあげようと思うのが,俺の流儀.だからといって,下のやる仕事をどーでもいーやで見るのではもちろんない.ただ,彼らはただ与えられた仕事をこなすために居て自己犠牲なんてこれっぽっちも考えていないと想定する必要があると思う.だから,仕事を与える立場としては,いかに働きやすい環境を与えてやるかが,その立場として必要とされる仕事と思う.働きやすい環境なんていうと,楽しくて面白くて,なんていいそうだが,それは俺の考えとは異なる.
もちろん,楽しく面白くできればそれに越したことはないが,仕事はそうもいかない.面白くない仕事も面白いと思わせるのは仕事を配分する人間の為すべき大切な仕事である.しかし,面白くないもんは面白くないから.だからこそ,つまらない仕事でも,「やろう」と思わせること,それがつまるところ,仕事を配分する人間のなすことだと思っている.
ま,なんかぐだぐだ書いたけども,この前出張行ったときに読むものが欲しくてプレジデント買って読んでたら,一緒に仕事をしていた人(大学時代の先輩にあたる人)から,「社長になる気満々だなあ」と呆れられてしまった(苦笑).
あの,俺は社長になんてなりたくないですから.ええほんとに.一生,小隊長くらいがいいです.総司令官とか,そんなの,真っ平ごめんです.
だって,上に行けば行くほど,下とのつながりがなくなっちゃうし,俺はなんというか,やっぱりみんなの顔の見えるところに居たいですねえ.
俺は意外とこの雑誌が好きで,何か読むものが手っ取り早く欲しいな,というときは,この雑誌を買う.
何を平社員ごときが,と言われるだろう.
それはそれでいい.
だが,意外とためになる話が書いてある.
要するに上が要求する社員とは何か,など,そういうことが普段ではわからない一種のホンネが分かるから.一種のホンネと書くのは,やはり人間ですから,それが理想ということであっても,現実は別にあるということなんだけれど.そりゃ俺だって社長になったことはないが,アルバイト君たちを使って切り盛りしていたころにしたって,現実と理想というところは感じましたから.ただ,大事なのは仕事をするのが楽しいと思ってもらうことだと思っていて,それを実践したら,うまくいったかなとは思います.
なんというか,仕事はそもそも,生きるために必要な義務なので,そういう大前提の義務の上に仕事の義務だとか,なんだとかというと,苦しくなる.まあ,ならない人もいるけれど,一般論から言えば,やっぱり,仕事は最低限で済ませたいのが人情,特にワーククラスなら当然.
だから,少なくとも自分より下に立つ人には,それくらいの前提でやってあげようと思うのが,俺の流儀.だからといって,下のやる仕事をどーでもいーやで見るのではもちろんない.ただ,彼らはただ与えられた仕事をこなすために居て自己犠牲なんてこれっぽっちも考えていないと想定する必要があると思う.だから,仕事を与える立場としては,いかに働きやすい環境を与えてやるかが,その立場として必要とされる仕事と思う.働きやすい環境なんていうと,楽しくて面白くて,なんていいそうだが,それは俺の考えとは異なる.
もちろん,楽しく面白くできればそれに越したことはないが,仕事はそうもいかない.面白くない仕事も面白いと思わせるのは仕事を配分する人間の為すべき大切な仕事である.しかし,面白くないもんは面白くないから.だからこそ,つまらない仕事でも,「やろう」と思わせること,それがつまるところ,仕事を配分する人間のなすことだと思っている.
ま,なんかぐだぐだ書いたけども,この前出張行ったときに読むものが欲しくてプレジデント買って読んでたら,一緒に仕事をしていた人(大学時代の先輩にあたる人)から,「社長になる気満々だなあ」と呆れられてしまった(苦笑).
あの,俺は社長になんてなりたくないですから.ええほんとに.一生,小隊長くらいがいいです.総司令官とか,そんなの,真っ平ごめんです.
だって,上に行けば行くほど,下とのつながりがなくなっちゃうし,俺はなんというか,やっぱりみんなの顔の見えるところに居たいですねえ.
2007年10月10日水曜日
最も良い季節
金木犀の香がふわりと香る良い季節です.
個人的にはもう少し寒くなったくらいの晩秋が一番好きです.
今日は名古屋へ行ってきました.
いろいろな方に会えて楽しかったです.
今まで知らなかった人と会うことは,俺の財産だと思っています.
功利的意味でなく,そのときそこでしか会えない人っていうのもあると思うし,必ず何かしら学べると思うから.それはビジネスとかアカデミックとかの意味だけじゃなく,人として,或いは時として反面教師かもしれないけれど.
ま,そんなこんなで明日から金曜まで横浜で仕事です(笑).
もう,いい加減寝よう(苦笑).
最近,仕事に張り合いがあって良いです.
個人的にはもう少し寒くなったくらいの晩秋が一番好きです.
今日は名古屋へ行ってきました.
いろいろな方に会えて楽しかったです.
今まで知らなかった人と会うことは,俺の財産だと思っています.
功利的意味でなく,そのときそこでしか会えない人っていうのもあると思うし,必ず何かしら学べると思うから.それはビジネスとかアカデミックとかの意味だけじゃなく,人として,或いは時として反面教師かもしれないけれど.
ま,そんなこんなで明日から金曜まで横浜で仕事です(笑).
もう,いい加減寝よう(苦笑).
最近,仕事に張り合いがあって良いです.
2007年10月7日日曜日
秋の大運動会?
今日はお日柄も良く...,運動会に出てまいりました.
うちの家のあるところはもともと神田(こうだ)六ヶ村のうちの1つの村の中である.ただ,神田という町(今の行政区画でいうところの町の意)が,さらにそれを少し細分化した形での町内会という単位が存在する(うちの属するところは細分化されず,そのまま脇塚村という単位が脇塚町会という単位となっているが).それが全て小学校に終結し,老いも若きもそろって運動会である.
というか,そんなのがあるのなんてすっかり忘れてたし(苦笑).
朝,なんとなく7時頃に起き出して,親父と話をしてたら,運動会があるではないか,ということで,行かねばならぬ,行きたくなくても行かねばならぬ,ということで,親父と二人で参加してきた.
これは,まあ,実は親父的にも,俺がせっかくの休日をつぶして行ったのも,再来週の土日にある,それこそ古い単位の六ヶ村で代々続いている秋の祭りがあり,各村から神輿の担ぎ手が出なければなず,その担ぎ手として,俺が若手一番として,今度デビューするから,その前の前哨戦という感じ.要するに顔見せだ.顔見せといったって,だいたいの方は知っているのだけれど,それでも,大学,大学院時代と8年ちかく家を離れていたから,誰だあの若いのは,ということにもなり,そういった意味でも,今日のは,俺にとって,村でのデビュー戦(笑).
なんか,いろいろな種目に出ましたよ(苦笑).だって,一番若いのが俺だから(ただし,それは昔から村にいる家々の中でということだが),綱引き,二人三脚,玉入れ...何に出たかもう忘れちゃいましたが(笑).
まあ,とりあえず,開会式終わった直後に早速冷やされたビールを飲まされ飲み(これが目的なのよ,祭りも運動会も(笑)),一日中炎天下の中なにやらやっておりました.
前哨戦としては十分で,村の方々に思い出して(覚えて)もらえたかな,と.これで,あとは,再来週の神輿担ぎをこなすだけ.
ちなみに,今度の祭りは,代々やっている祭りで以前読売テレビの取材がついたこともありました.また,俺も子供の頃,氏子の家の子供として,いろいろの役をやらせてもらいました.今度はそういった子供達を主役に俺が支える一員として頑張ります.
翌の月曜,有給とろうかな(苦笑).間違いなく全身複雑骨折もとい全身筋肉痛間違いなし.どうしたもんだろ(笑)?
さ,明日は筋肉痛とともに出勤予定です.
たまにはこういうのもいいね.
うちの家のあるところはもともと神田(こうだ)六ヶ村のうちの1つの村の中である.ただ,神田という町(今の行政区画でいうところの町の意)が,さらにそれを少し細分化した形での町内会という単位が存在する(うちの属するところは細分化されず,そのまま脇塚村という単位が脇塚町会という単位となっているが).それが全て小学校に終結し,老いも若きもそろって運動会である.
というか,そんなのがあるのなんてすっかり忘れてたし(苦笑).
朝,なんとなく7時頃に起き出して,親父と話をしてたら,運動会があるではないか,ということで,行かねばならぬ,行きたくなくても行かねばならぬ,ということで,親父と二人で参加してきた.
これは,まあ,実は親父的にも,俺がせっかくの休日をつぶして行ったのも,再来週の土日にある,それこそ古い単位の六ヶ村で代々続いている秋の祭りがあり,各村から神輿の担ぎ手が出なければなず,その担ぎ手として,俺が若手一番として,今度デビューするから,その前の前哨戦という感じ.要するに顔見せだ.顔見せといったって,だいたいの方は知っているのだけれど,それでも,大学,大学院時代と8年ちかく家を離れていたから,誰だあの若いのは,ということにもなり,そういった意味でも,今日のは,俺にとって,村でのデビュー戦(笑).
なんか,いろいろな種目に出ましたよ(苦笑).だって,一番若いのが俺だから(ただし,それは昔から村にいる家々の中でということだが),綱引き,二人三脚,玉入れ...何に出たかもう忘れちゃいましたが(笑).
まあ,とりあえず,開会式終わった直後に早速冷やされたビールを
前哨戦としては十分で,村の方々に思い出して(覚えて)もらえたかな,と.これで,あとは,再来週の神輿担ぎをこなすだけ.
ちなみに,今度の祭りは,代々やっている祭りで以前読売テレビの取材がついたこともありました.また,俺も子供の頃,氏子の家の子供として,いろいろの役をやらせてもらいました.今度はそういった子供達を主役に俺が支える一員として頑張ります.
翌の月曜,有給とろうかな(苦笑).間違いなく全身複雑骨折もとい全身筋肉痛間違いなし.どうしたもんだろ(笑)?
さ,明日は筋肉痛とともに出勤予定です.
たまにはこういうのもいいね.
2007年10月4日木曜日
あなたの10年後診断
...というものがあったので,やってみた(笑).
結果.

(笑).笑うほかないです,もう.
...でも,実は,上の結果は本音から出たものじゃない.
だって,サラリーマンとしたら,次の設問にどう答えますか?
●得意先の誘いとスッチーとの合コン.どっちを選ぶ?
そりゃ,サラリーマンなら,得意先優先でしょ,やっぱり(笑).
でも,それじゃ,本音で言ったら,そりゃ,やっぱしスッチーとの合コンの方がいいわけで(笑).
そうすると,こんな結果に...

もう,大爆笑した(笑).いいね,こういうの.
社長よりは,参謀的な部長がいい.
俺のイメージどおり?果てして如何に(笑).
「あなたの10年後診断」はMSN転職アルバイトのサイトで遊べます.
http://career.jp.msn.com/article2/nensyu_test/default.htm
掲載画像の著作権は作成元及び上記URL掲載元に帰属するものです.
結果.
(笑).笑うほかないです,もう.
...でも,実は,上の結果は本音から出たものじゃない.
だって,サラリーマンとしたら,次の設問にどう答えますか?
●得意先の誘いとスッチーとの合コン.どっちを選ぶ?
そりゃ,サラリーマンなら,得意先優先でしょ,やっぱり(笑).
でも,それじゃ,本音で言ったら,そりゃ,やっぱしスッチーとの合コンの方がいいわけで(笑).
そうすると,こんな結果に...
もう,大爆笑した(笑).いいね,こういうの.
社長よりは,参謀的な部長がいい.
俺のイメージどおり?果てして如何に(笑).
「あなたの10年後診断」はMSN転職アルバイトのサイトで遊べます.
http://career.jp.msn.com/article2/nensyu_test/default.htm
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